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諏訪神社例大祭に行って街の歴史を聞いてきた。

寒いですね。
師走ですね。
年の瀬ですね。。。。。

で。
今さらなんですが、8月23、24日に開催された諏訪神社の例大祭。
その時の様子をお届けしようかと。
なんかホント、遅ればせでごめんなさい。




こちらは取材にご協力頂いた諏訪町会の皆さんです。

初日の8月23日は子ども神輿が出ました。

諏訪町交差点を渡って早稲田方面へと向かいます。

わっしょい、わっしょい。
みんなハッピが決まってますね。





そしていよいよ24日は、地域神輿の出番です。
高田馬場駅前ロータリーに諏訪町会の神輿が待機しています。

諏訪神社の村岡宮司のお話によると、神社の宮神輿が出る本祭は5年に一度。
来年2015年が本祭なのだとか。
それ以外の年はそれぞれの地域にある睦が町内神輿を出します。

諏訪町会は銚子の会と提携関係を結んでいるとのことで、笛に太鼓で盛り上げてくれます。

威勢良く纏が振られます。

嫌が応にも祭気分が高まってきますね〜。

堂に入った纏振り姿です。

一通り盛り上がったところでいよいよ出発です。
諏訪町会はロータリーから諏訪通りまで出て、諏訪通り沿いに東に向かうルートです。

ちなみに村岡宮司のお話によれば、町内神輿と言うのは大正年間くらいからの習慣なのだとか。
それまでは神輿は神社にだけあるものでした。
それが当時開催された万国博覧会に、展示用の小さめの神輿が作られたのがきっかけとなって、小さめの町内神輿が広がっていったようです。

おっと。
駅前に高田馬場睦の神輿がやってきました。
高田馬場駅周辺のそこここが威勢の良いかけ声に包まれます。

アトムまんの青柳、三代目の姿がありました。

こちらは西商店街から早稲田通りをやってきて、ロータリーで折り返して戻って行きます。

時は8月。真夏の日差しが厳しい!

諏訪神社の由来は、平安初期に小野篁が創建しました。
奥羽街道の一部である松原街道に面していたため松原神社と言ったそうです。

そして、時は下って江戸時代。
尾張の徳川家の祖である徳川義直公が、信濃国の諏訪神を勧請、合祀し、現在の諏訪神社と改称したのだとか。

ちなみに現在の戸山公園は尾張徳川家の屋敷跡なのだそうです。
その後、陸軍戸山学校だったり時代もあるのですが、その話はまた別の機会に。

そうこうしているうちに、諏訪町会の神輿は諏訪神社の隣にある玄国寺へと入っていきます。
ここでひとまず休憩です。




そしてその日の夜。
祭と言えば夜店です。

なんだかんだで夜店の風情って、高田馬場新聞が小さかった頃と変わりませんね。
いつもは家にいる時間に外へ出かけて良い、っていうのでワケも無くドキドキしたものです。

スーパーボールすくいや金魚すくいをして、
綿あめ食べて。

クラスメイトがちょっと大人びて見えたりしたものです。
うーん。やっぱり祭って良いですね。

いつまでも残して行きたい日本の風景ですね。
われらが高田馬場でも、地域の皆さんの力によって脈々と受け継がれています。

将来はこの子たちがまたその子どもたちへと受け継いで行くのでしょう。

夏の終わりに行った取材を、うら寒い冬の日に公開すると言うちょっとチグハグなことになってしまいましたが、なんとなく暑い夏を思い出してちょっと気持ちがあったかくなってくだされば嬉しいなぁと。

あ、ちなみにこの諏訪神社には、明治天皇が近衛兵の訓練を見に来られた際に天覧所となったそうです。
東京都がその名も「聖蹟」と認定をした立て札と、石碑がその名残を残しています。
官幣社以外の神社に行幸があることはとても稀なことだったようです。

そんな歴史に想いを馳せながら、諏訪ノ森を散策してみてはいかがですか?

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SHRINE DATA
新宿 諏訪神社
住所   東京都新宿区高田馬場1-12-6
開門時間 午前6時~午後4時(時期により変動有り)
ホームページはコチラ

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